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     バルーナ探検隊@

                                                  『インドネシアの海を探る』より

《バルーナ探検隊記録》 A

 

  大統領は大乗気

 3月5日午前10時、古内大使を先頭に、6台の車でムルデカ宮殿に入る。・・・

すでに早朝から、はるばる日本からやって来た、財界巨頭らの《経済ミッション》との会談は始まっていた。

 大使らは慣れているせいか、至極上機嫌で、親衛隊長や純白の軍服を着こなした侍従長らと、さかんにジョークを飛ばしている。

 「見なさい。向こう(経済ミッション)はあんなに大勢、頭を揃えないと会って貰えないのに、あなたはたった一人」 大使は私まで冷やかす。・・・   以下、略

 

 会談は終始、大統領の一方的な漫談で終った。大使も流暢な英語で話しを合わせる。

 「くわしい計画は、いっさい農林大臣に任せたから、そのほうで探検センターを作り、よろしくやってくれ」ということが、この日の結論であった。

 帰る間際、大使はそっと耳打ちしてくれた。

 「大統領にはなかなか会えないから、頼むことがあれば、この際言っといたほうがいいよ」

 「それでは大使から、海軍の協力をお願いしてください」

 私は条件反射のごとく、間髪を入れずにこう言った。おそらく、そのときの頭の中に、京大の《極楽鳥探検隊》が、陸軍との共同作戦でたいへんな苦労をしたという、話がとっさに思い浮かんだからに違いない。

 その他の私の希望にも、ただ “ウン、ウン” と認めてくれた乗気の大統領、よほど私が気に入ったのか、明日さっそく、海軍大臣と陸軍大臣を呼んだから、7時半に来なさいと答えた。

 「こんなことは異例中の異例、私も二日続けて大統領に会うのは初めて・・・・」と、ますます上機嫌の大使の車に送られて、大成建設のオフィスに戻った。 ・・・・・・

                                                 以下、略

  

   ジャカルタよりジャワ海へ

 5月9日がついにやってきた。

 私たち日本隊がジャカルタに到着してから、わずかに5日しかたっていない。

 “果たして予定通り出港できるのかしら・・・・・・?”と、内心疑問をいだいていた、その日がやって来たのである。                                      バルーナ探検、大平外務大臣と

                                                           大平外務大臣に挨拶する日本隊 (中日新聞)

 

 ふり返ってみると、スカルノ大統領の探検に関する全面許可のお墨付を受け取って以来、毎日私は、海軍省水路部内に置かれた探検作戦本部で、“ああでもない、こうでもない・・・・・”と協議を繰り返し、やっと細部の決定をみたのが、それから一ヵ月後のことであった。だが、インドネシア側だけに任せておけば、とてもこうは早くまとまるはずはなかった。  ・・・・・・ 略

 

 そんなわけで、5月9日がやって来ても、私たち日本隊は現地調達のバケツや洗面器・ロープ・せっけんなどの日用品を買い集めながら “のんびりやろうや・・・・” とおっとりと構えていた。そんなところへ、海軍省派遣の日本隊付少尉殿がやって来て、いきなり歯切れのよい英語でまくしたてた。

 「今から、あなたがたの荷物を船に積みこむ。車と人夫はすでに用意してきたから、急いだり、

  急いだり!」 ・・・・・・ 略                             バルーナ探検、日本隊

                                                                    ヤニ陸軍大臣と隊員

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