生物の和名について
『全国方言集覧』序文より
地球上の全生物には、世界共通の名前《学名》が与えられている。したがって、生物目録は学名で記さなければならぬ。しかし《学名》は世人には難解な「ラテン語」ないし「ギリシア語」で記されるので、一般には使用し難い。結果、それぞれの国、あるいは地域において名付けられた《一般名》が通用する。すなわち、英語圏では《英名》が、フランスでは《仏名》、中国では《中国名/漢名》、韓国では《朝鮮名》、以下、それぞれの国の言語で表される。わが国における《和名》もこれらと同じと見做される。
《和名》とは和語、すなわち日本語で記された名前という意味から、われわれ日本人が使用する生物の呼び名は、総て《和名》の範疇に入る。結果、一つの生物に複数の《和名》が存在することになり、《種》の識別や認識において混乱を来すことになる。また、種数や分布状況などを的確に把握することも出来なくなる。それを避けるため今日では、スタンダードとなる図鑑類や事典などが製作され、それらに使用する《和名》を《標準和名》とし区別している。《和学名》という奇妙な呼び名も見えるが、《標準和名》の制定には確とした取決めはなく、誰でも、何時でも命名することが出来るという“あいまいさ”があり、人によって、あるいは時代により使用される《標準和名》が異なるという不都合を生じている。その故もあり、生物分類を専門とする多くの学者たちは、《和名》の必要性を認めていないのが実状である。《標準和名》と言えば、文部省が制定した名前のようにも受け止められるが、発表する人が妥当だと思う名前を、複数の《和名》の内から選んで記述したものに過ぎない。もちろん、しかるべき学術組織に登録されたものでないことも確かである。すなわち、《和名》も、世界でもっとも汎用される《英名》同様、いくつもの「シノニム」(同種異名)をもつ。 よく考えてみると、学者が命名する以前から、ほとんどの動植物に、それぞれの地方において固有の呼び名(方言名)が付けられていた。そして、それらが今日の《和名》の元となったことからみれば、それは当然のことである。明治初期、その道の権威たちは、目録や図鑑類製作に際し、広い地域で使用される“呼び名(方言名)”を《和名》として採用した。つまり、《方言名》の中から《標準和名》は選定されたのである。 具体例をあげれば、「メダカ」は東京、「ハタハタ」は北陸地方、「タツノオトシゴ」は和歌山、「ワカサギ」は関東地方、「オイカワ」は琵琶湖、「モツゴ」は高知、「ヨシノボリ」は長野の《方言名》から、変わったものでは「シシャモ」は北海道のアイヌ名“シュシュハム”から、「スズキ」は『古事記』から流用された。 となると、採用されなかったとはいえ、今日でもなお、各々の地域で使用されているすべての《方言名》は、《和名》と見做しても間違いではない。 《和名》と《地方名(方言)》は別とする人もいるようだが、私は容認出来ない。その理由はすでに記した。また、「広く通用する《方言名》を《準標準和名》とする」などという、理解に苦しむ説明をする学者もあるが、誰がどのような基準でそれを制定するのかきわめて曖昧で、到底、受入れ難い。国内一般の標準とする《和名》 《標準和名》以外の《和名》は、すべて《別名》ないし《異名》とすれば、一般の人々にも理解し易い。 図鑑類や目録などに記される「別名」とは、かつて《標準和名》として使用されたり、あるいは、現在でも尚、広範囲で使用される《和名》を指す。また、「地方名」というのがあるが、それは生物の世界でいう《方言名》のことで、限られた地域で使用される呼び名を言う。一方、「異名」とは、それ以外の《古名》《俗名》《マタギ言葉》《漁言葉》《童語名》《戯名》《成長名》《出世名》《市場名》《製品名》《商品名》など、総ての《和名》を包含する。
《和名》の定義に次いで留意しなければならない重要なことは、それらの検索である。 複数の文献を見るとき誰しも決まって困惑することは、同じ種が違った《和名》で記されていることにある。その解決は《学名》で対比するしかないが、その《学名》ですら複数の「シノニム」があり、専門家でもさんざん悩まされる。 例えば、サルの仲間は、わが国には「ニホンザル」1種しか棲息しないので、「サル」という表記でも容認される。しかし、「サル」と言う《種》は地球上には存在しない。ただ単に“サル”と言えば「サル類」全般を指す。あるいは、他の《種》が分布する地方では「ニホンザル」でなく別なサルの呼び名となる。したがって、わが国では「サル」でなく「ニホンザル」と記さなければ混乱を生じる。同じようなことが「イノシシ」「キツネ」「タヌキ」「ネズミ」「イタチ」「クマ」「シカ」「クジラ」など、一般の人々の生活と深く係わる動物たちにも当てはまる。これらの呼び名は《和名》でなく、グループの呼び名であることにも留意しなければならない。 これらの解決には、多くの《異名》から《標準和名》を見いだすための『検索表』が望まれる。とくに《方言名》の整理には、欠くべからざる「ツール」だが、現在の所、それに役立つものは存在しない。今後、その方面の集成も手掛けなければならぬと痛感している。
走り過ぎた話を元に戻すが、このような見地から、辞典や図鑑類編纂の過程において、これまで何の疑問も抱かずに使用してきた《和名》が、たとえ《標準和名》だからとて、それのみで記載するのは不十分であると考えるに至った。少なくとも《和名》検索と言うからには、総ての《和名》を集録せねば胸を張ることは出来ないと痛感し、初めて《方言名》というものに眼を開かされた次第である。
また、《和名》には「ホモニム(同名異種)」がかなりあり、ただ単に名前を見るだけでは、その生物がどのようなものか判断出来ない事である。 〔例〕
次に和名の表記法について。 ご承知の通り、昨今の表記法では、「ミミズク」「ウマズラハギ」「イイズナ」「ホオズキ」「イナズマチョウ」と記されるが、漢字表記すると「耳木@」「馬面剥」「飯綱」「頬付/火火着」「稲妻蝶」で、「ミミツク」「ウマツラハギ」「イイツナ」「ホオツキ/ホホツキ」「イナツマチョウ」と記せば名の由来や意味は自ずと判る。 この問題に関連し、著名な言語学者の宮良當壮博士は言う。 「《なまづ》を新かなづかいで《なまず》と書いては、私には《なまづ》のほんとの味がぴんと来ない。それほどに語源を解くものには1字でも、1音でも大切に感じられる。実際にまた方言ではナマヅと発音している地方があるのだから、《なまず》と書かなければならないというのは、おしつけがましいことである」
生物に名前を与える最大の理由は、そのものを識別するのに便ならしむることにある。 学者によれば「符丁さえあれば十分、Aでも1でも良い」とも言うが、たとえ整理が出来るにしても、それではその生物を識別することは叶わない。「名は体を表す」とよく言われるように、《和名》にしても《学名》にしても、すべて個々の生物の形質や特徴を織り込み名付けられるのが常である。それ故、仮名表記する場合にも、それを聞いて、あるいは見るだけで、その生物の特徴をたちどころに思い浮かべられるよう配慮すべきであろう。 さらに厄介な問題として《訛語》の表記法がある。とくに、東北や関東地方の一部に見られる、濁音化による表記の転換には無駄とも思える労力を強いられた。 具体例で示せば、次の通り。 「モチグサ(餅草)」 → 「モヂグサ」× → 「モジグサ」○ 「ミツバチ(蜜蜂)」 → 「ミヅバチ」× → 「ミズバチ」○ 「ツチバチ(土蜂)」 → 「ツヂバチ」× → 「ツジバチ」○ 「トチハカリ(土地測)」 → 「トヂハガリ」× → 「トジハガリ」○ 「ツクシ(土筆)」 → 「ヅクシ」× → 「ズクシ」○ 「ツチアケビ(土木通)」 → 「ツヂアゲビ」× → 「ツジアゲビ」○ 「ヤチウグイス(谷地鶯)」 → 「ヤヂウグイス」× → 「ヤジウグイス」○ 「ツクツクボウシ(つくつく法師)」→「ヅクヅクボウシ」×→「ズクズクボウシ」○ など。 まだまだ探せば問題となることがいくつも出てくるが、生物を表すための《和名》とすれば、現在、使用されている『現代仮名遣い』(昭和61年7月1日内閣告示) による表記(○印)では不都合で、やはり×印の『歴史的仮名遣い』の方が好ましい。改めて、告示の内容を見れば、《前書き》の(3)に、 「この仮名遣いは、科学、技術、芸術その他の各種専門分野や個々人の表記にまで及ぼそうとするものではない」 とあり、生物名の表記は『現代仮名遣い』に因らねばならぬというのは間違いであることが明白となった。さらに(4)項にも、 「この仮名遣いは、主として現代文のうち口語体のものに適用する。原文の仮名遣いによる必要のあるもの、固有名詞などでこれによりがたいものは除く」 と明記され、ここでも生物名は、現在の仮名表記法に転換しなくても良いことが確認された。また、常に私どもの間で議論の的となる「頬」の読み方も、「ホホ」でも「ホオ」のどちらでも良く、魚の世界では「ホホジロザメ」「ホホベニイットウダイ」「ホホスジハタ」だのに、鳥の世界では「ホホジロ」でなく「ホオジロ」「ホオアカトキ」「ホオグロイカル」、昆虫の世界でも「ホホ」でなく「ホオ」を採用するという不都合も、必ずしもどちらかに統一する必要性がないことを知り得て安堵した。・・・・・・・・
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※『全国方言集覧 動植物標準和名⇒方言名検索大辞典』
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